またもや人生の挫折。

また一人になってしまった。

そんな時にお付き合いしていた彼女が事務所を
手伝う事になりました。

単なる電話番です。

しかし、一緒に仕事をしていますと
どうしても公私混同となり、あまりにも現実が目のあたり
で、恋とか愛と言う夢の部分が無くなってしまった。

少しずつお互いの心に隙間風が吹き始め、
同様に彼女も同じ思いだと感じ始めました。
些細な喧嘩が永遠の別れになるのに時間はかからなく、
わたしから別れを告げました。

人生の決断。

外販中にふとしたきっかけで知り合った女性がいました。

わたしの宝石業としての夢の部分に協賛してくれ
将来、宝石店を経営したい。と言うこんな夢物語に
人生をかけてお手伝いすると誓ってくれました。

少しばかりの運転資金。
とても宝石店を経営できるほどの資金も無く
取引先の信用金庫に融資のお願いをしても
取り合ってくれない。

事業計画書、販売計画書、試算表を提示して
融資係と交渉してもラチがあかない。

当たり前ですね。冷静になればわかる事ですが
やる気と情熱だけが先走りをしていました。

営業する場所も確定していないのに机上の空論話に
お付き合いしくれるほど信金さんは暇ではないのです。
それでも私の熱意に対して融資担当者が
最初に営業拠点が決まればそこからスタートですね!
と、一言アドバイスしてくれました。

3~4件の不動産業で物件を探し、
当時中心商店街の路面店13.5坪(44,55㎡)の
店舗を借りる事にしました。

店舗設計は当時(今は独立して社長)店舗設計会社に
勤務していました私の友人が協力してくれました。

人生、一か八か?の賭け?

信金開店と同時に支店長をお願いいたし
再度、不動産契約書、店舗見積書、事業計画書、
試算表の作成を見せて、わたしのビジョンを熱く語り、
説明しました。

支店長は、信用保証協会の保証付きで融資の
約束をしてくれました。

正直、嬉しかった気持ちは今でも鮮明に

覚えています。

支店長の決断が宝石店開業の足掛かりになったのです。

その他、資金的には両親と妻の姉が資金提供してくれ
こうして開店の目途が立ちました。

そして、開店一か月前に市内に新しく出来たホテルで
「開店祝い」と「結婚式」を同時に挙げました。

次回は商店街奮闘日記をお話しいたします。

 

 

次回は商店街奮闘日記をお話しいたします。

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